夫婦の距離
4種類の距離と、上手な保ち方
- 夫婦の距離はゼロにすべきものではない——距離が関係の活力を支える働きがわかります
- 距離を物理的・心理的・時間的・価値観的の4種類に分けて観察する手がかりが身につきます
- 「解けない距離」を対話のテーブルに乗せ続ける視点——長く整った関係を保つ観察軸を集約しています
「夫婦の間に距離を感じる」——そう感じたとき、多くの方は「距離があること自体が悪い」と受け取りがちです。けれど、長く続く関係を観察すると、距離は必ずしも悪いものではないことが見えてきます。
この記事では、夫婦の距離を4種類に整理し、それぞれの距離が関係のなかでどう働くのかを、心理学・夫婦研究の知見からまとめていきます。
「距離=悪」ではない
ソファに並んで座っているのに、なぜかそれぞれのスマホを見ている——そんな夜がふと積み重なって、「私たち、距離ができちゃったのかも」と胸のなかでつぶやくこと、ありませんか。悪気があるわけでもなく、疲れているだけなのかもしれない。それでも、静かに気になる感覚だったりします。
心理療法の現場では、長期関係における「親密さ」と「距離」のバランスが、関係の活力を左右することが指摘されています[1]。距離がまったくない関係——お互いに溶け合って区別がつかない関係——は、実は長期的に活力を失いやすいことが知られています。
つまり、夫婦の関係を支えるのは、距離をゼロにすることではなく、適切な距離を保つことです。本記事では、その「適切な距離」を、4つの種類に分けて観察していきます。
第1の距離:物理的距離
朝、洗面所ですれ違ったのが今日の初対面——なんて日もあったりします。同じ家で暮らしているはずなのに、それぞれの生活動線が別々に流れている、そんな感覚。
同じ家にいるか、別の部屋にいるか、別居しているか——目に見える、空間的な距離。
同じ家にいても、お互いがそれぞれの部屋で過ごす時間が長い関係もあれば、別居していても日々密に連絡を取り合う関係もあります。物理的距離は、必ずしも心理的距離と一致しません。
長期的な夫婦研究では、同じ家にいるだけで「一緒に過ごしている」と評価しがちですが、実際には身体的に同じ空間にいる時間の質が、関係の温度感に効きます。隣にいるけれど、ふたりともスマホを見ている時間は、空間的には近くても、関係的には遠い時間です。
第2の距離:心理的距離
「今日どうだった?」の返事が「ふつう」で終わる夜。悪意はないし、疲れているだけなのは分かっている。ただ、以前ならもう一言くらい続いていたかもしれない、そんな小さな引っかかりが残ることもあります。
相手の内面が、どれだけ理解できているか、どれだけ感じ取れているか——目に見えない、内面の距離。
心理的距離は、関係のなかで最も繊細なものです。物理的に同じ家にいて、毎日会話を交わしていても、相手の内面が見えづらくなると、心理的距離は遠くなります。
愛着の研究では、おとなの親密な関係における「3つの愛着スタイル」が、心理的距離の取り方に影響することが示されています[2]。
「不安型」は心理的距離が遠くなることを恐れて、近づこうとする傾向。「回避型」は心理的距離が近くなりすぎると、距離を取りたくなる傾向。組み合わせによって、心理的距離の取り方は変わってきます[3]。
ご自身のご夫婦の距離が、いまどんな種類のものかを
20問のセルフチェックで見つめ直してみませんか?
「ひとりの時間」が増えても悪いとは限らない
「気がつくとひとりで過ごす時間が増えてしまった」と感じる方もいらっしゃいます。これは必ずしも、関係から離れる動きではなく、自分を取り戻すための自然な動きであることもあります。
ひとりの時間が増えるのは、「ふたり」を見直すための前段階。心理的距離をいったん広げて、自分の輪郭を取り戻してから、もう一度関係に戻ってくる——そんな螺旋を、長く続く関係は何度も繰り返しています。
第3の距離:時間的距離
相手が帰ってくる頃には、こちらはもう眠りに落ちている。そういう日が続くと、「今週、まともに顔を見て話してないかも」と、ふと気づく瞬間があったりします。
ふたりが共有する「時間」の距離——同じ時間を共有しているか、別々の時間を生きているか。
共働き、子の年齢、勤務形態によって、ふたりの生活時間がずれていくことがあります。出勤時間、帰宅時間、就寝時間、休日の過ごし方——時間の使い方がずれると、物理的にふたりの接点が減っていきます。
時間的距離は、しばしば意識せずに広がっていく距離です。気づいたときには、ふたりだけの時間がほとんど無くなっている、ということが起こりやすい。意識的に「ふたりだけの時間」を確保しない限り、時間的距離は自然と広がりやすい構造になっています。
第4の距離:価値観的距離
子どもの進学の話、実家との付き合い方——ふたりでソファで話しているうちに、なぜか胸の底がざわついてくる、あの感覚。相手を責めたいわけではなくて、ただ、根っこのところで見ているものが違うのかもしれない、と気づいてしまう瞬間だったりします。
子育ての方針、お金の使い方、親世代との距離感、人生の優先順位——大きな価値観のレベルでの距離。
価値観的距離は、長期の関係において、もっとも深い層に位置する距離です。長期的な夫婦研究では、夫婦の問題には「解ける問題」と「解けない問題」があると指摘されています。価値観的距離の多くは「解けない問題」に属します。
大切なのは、価値観的距離を解消しようとせず、対話のテーブルに乗せ続けること。解けない問題を抱えたまま、対話を続けられる関係こそ、長く整った状態を保てる、と長年の研究は示しています[4]。
4つの距離を「総合的に観察する」
「うちはどこが遠くて、どこが近いんだろう」——4種類の顔を並べてみると、案外、ひとつの答えでは片づかないことに気づいたりします。
4種類の距離を整理したら、ご自身のご関係でいま、どの距離が広がっていて、どの距離が縮んでいるかを観察してみてください。
物理的には近くにいるけれど、時間的・心理的距離は遠い——というケース。逆に、別居しているけれど、価値観的・心理的距離は近い——というケース。さまざまな組み合わせがあります。
大切なのは、ひとつの距離だけを見ないことです。物理的距離だけを縮めようとして「毎日一緒にいる時間を増やす」のは、心理的距離が遠い状態では効果が薄く、かえって相手を疲弊させることもあります。
「適切な距離」は、ふたりごとに違う
友人夫婦のようにベッタリしていないと不安、と感じる時期もあれば、あのくらい離れていられたらいいのに、と感じる時期もあります。そのどちらもが自然で、どちらもが「うちらしさ」の途中経過だったりします。
長く続く夫婦のあいだの「適切な距離」は、ふたりごとに異なります。あるカップルにとって心地よい距離が、別のカップルにとっては近すぎたり遠すぎたりします。
距離を整えるとは、「正解の距離」を探すことではなく、ふたりで会話しながら、いまの自分たちに合う距離を、ゆっくり調整していくことです。
もし、4つの距離が同時に大きく広がっていて、関係のなかでお互いの輪郭が見えなくなっているように感じる場合や、ご自身の心が長く疲弊しているように感じる場合は、信頼できる場所(公的な相談窓口・心理カウンセラー・夫婦療法の専門家など)に話を聴いてもらうことも、ひとつの選択肢として大切にしてください[5]。
本サイトの20問のセルフチェックは、ご自身のご関係を4つのタイプ × 5段階の温度感で描き出すために設計されています。4種類の距離を観察する手がかりとしてご活用ください。
参考文献・出典
- Perel, E. (2006). Mating in Captivity: Unlocking Erotic Intelligence. Harper. ↩
- Hazan, C. & Shaver, P. (1987). Romantic Love Conceptualized as an Attachment Process. Journal of Personality and Social Psychology, 52(3), 511-524. ↩
- 岡田尊司 (2011). 『愛着障害——子ども時代を引きずる人々』 光文社新書. ↩
- Gottman, J. M. & Silver, N. (1999). The Seven Principles for Making Marriage Work. Crown Publishers. ↩
- Johnson, S. M. (2008). Hold Me Tight: Seven Conversations for a Lifetime of Love. Little, Brown and Company. (Emotionally Focused Therapy / EFT) ↩