COLUMN

夫婦別姓
選択肢の議論と、ふたりの関係のなかのアイデンティティを観察する

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この記事の要点
  • 現行制度の輪郭と、世論調査・最高裁判断による議論の現在地を整理した前提がわかります
  • 改姓に伴う「中断」の感覚を、社会的アイデンティティの調整として観察し直す視点が身につきます
  • 社会論議とふたりの感覚を分けてやわらかく交換する時間——関係の輪郭を描き直す手がかりを集約しています

結婚を機に名字が変わるか、変わらないか。いまの日本では、その問いそのものが、長い議論の対象になり続けています。「選択的夫婦別姓」をめぐる賛否は、社会的・政治的な領域で語られることが多いテーマですが、その奥には、ひとりひとりが自分の名前と、ふたりの関係のあいだで抱える、アイデンティティの感覚が静かに横たわっています。

本記事は、社会論議そのものに立ち入るためのコラムではありません。制度の輪郭と、議論の現在地を整理したうえで、「ふたりの関係のなかで、アイデンティティはどう現れているか」を観察するための視点を、心理学の知見からやわらかくご紹介します。

日本の夫婦同氏制度——制度の輪郭

書類の名前欄にサインを重ねているうちに、「これがいまの自分の名前だ」と自然に馴染んでくる——一方で、旧姓のはんこを引き出しの奥で見つけたときに、ふと胸のあたりが小さく動く、そんな二重の感覚を抱えている方もいらっしゃいます。

日本の現行法では、結婚するふたりは、どちらかの姓に統一することが法的に求められています。民法750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定められており、この規定は1947年の改正以来、現在まで続いています[1]。形式上は「夫の姓」と「妻の姓」のどちらでも選べる仕組みですが、現実には、結婚するカップルの95%以上が夫の姓を選んでいる状況が長く続いています。

大切なのは、この制度が「同じ姓にする自由」を保障しているのではなく、「どちらかの姓に揃えることを法的に義務づけている」点です。「ふたりとも改姓しない」という選択肢が、法律上は存在しないかたちになっています。国際的に見ると、夫婦同氏を法律で義務づけている国は数少なく、日本はそのなかでも例外的な制度を維持している国とされています。

この制度の輪郭を知ることは、賛否を決めるためではなく、「いま、自分たちはどんな選択肢のなかにいるのか」を観察するための前提として、まず大切な作業です。

議論の現在地——世論調査と最高裁の判断

ニュースで賛否の話題を見かけると、そっと自分の心の温度も試されているような気がして、少しだけ疲れる——そんな夜、あるかもしれません。悪気なく交わされる意見のなかで、自分の場所を探すのは、案外エネルギーが要る作業だったりします。

選択的夫婦別姓をめぐる議論は、長く続いていますが、その「現在地」を示すデータがいくつか公開されています。

2021年12月に内閣府が実施した「家族の法制に関する世論調査」では、「選択的夫婦別姓制度の導入容認」が28.9%、「現行の夫婦同氏制度の維持」が27.0%、「同氏制度を維持したうえで旧姓の通称使用に法整備を求める」が42.2%という結果が示されました[2]。容認・維持・通称使用法整備の3者が並立する状況で、社会のなかで意見の分布が大きく揺れていることが見て取れます。

世代別の分布も特徴的です。同調査では、別姓導入を容認する層が、18〜29歳では40%に達する一方、70歳以上では15%と、世代間で大きな開きがあることが示されました。社会の中で、年齢とライフステージによって、この選択肢の捉え方が異なっているかたちが見えます。

法的な判断としては、最高裁判所大法廷が2015年と2021年の2回、民法750条について判断を示しています。2015年12月16日と2021年6月23日の決定は、いずれも同条を合憲とする判断でしたが、両判決でいずれも複数の裁判官が違憲との意見を残しています[3]。同時に、判決のなかでは「どのような制度を採用するかは国会の立法政策の問題」として、議論を立法府に委ねる姿勢も示されています。

アイデンティティと名字——Eriksonの心理社会的発達論から

職場でふと旧姓で呼ばれて、一瞬「あ、それも自分だった」と思い出す——そういう瞬間があったりします。忘れていたわけではなくて、いつの間にか、いくつかの名前を静かに抱え直していただけなのかもしれません。

制度や世論の話の奥には、ひとりひとりの「自分は誰であるか」という感覚——アイデンティティの問題が横たわっています。この観点を考える手がかりとして、心理学者エリク・H・エリクソン(Erik H. Erikson)の古典的な業績が役に立ちます。

エリクソンは、1968年に米国W. W. Norton社から刊行した著作『アイデンティティ(Identity: Youth and Crisis)』のなかで、アイデンティティは個人の内側で完結するものではなく、社会的な役割や他者との関係性のなかで形成され続けるものとして描きました[4]。私たちは、生涯を通じて、自分の輪郭を社会との関係のなかで確認し続けている、というのがエリクソンの基本的な見方です。

名前は、その社会的アイデンティティの中核のひとつです。長く呼ばれてきた名前、書類に署名してきた名前、職場で覚えられている名前——その積み重ねの上に、ひとりの人間の社会的な輪郭が立ち上がっています。結婚に伴って名字が変わるとき、その積み重ねの一部に「中断」のような感覚が走ることがあります。職場での書類変更、銀行口座、各種資格、メールアドレス、SNSアカウント——日常の細部での「ふたりの自分」を行き来する作業が、しばらく続きます。

この感覚を、「不便」「面倒」とまとめて済ませず、「自分のアイデンティティのなかで何が中断され、何が継続しているのか」を観察する材料として捉えると、見え方が少し変わってきます。改姓した側のひとが感じる「もうひとつの名前を抱える感覚」は、業務手続きの問題だけではなく、エリクソンが論じた意味でのアイデンティティの調整の経験として、ふたりの関係のなかに位置づけ直すことができます。

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別姓・同姓を超えて——「ふたりの関係」のなかの選択

結婚が決まったあの日、名字のことを話し合う時間はどのくらいあったでしょうか。悪気なく「まあ、こういうものだから」と流したかもしれません。それも一つの選択で、責めるようなことではなくて、ただ、いま少し立ち止まって振り返ってみる時間だったりします。

夫婦別姓の話題は、社会的議論のなかでは「どちらの制度が望ましいか」の二択で語られがちです。けれど、ふたりの関係のなかでこの話題を捉え直すとき、見えてくる輪郭は少し違います。

たとえば、現行制度のもとでは、どちらの姓に統一するかを話し合うときに、「どちらかが優先される」という構造が、関係のなかに静かに入り込みます。多くの場合、それは「夫の姓を選ぶ」というかたちで処理されていますが、その処理の背後には、慣習・職場の期待・親族の期待・キャリア上の都合といった、多層的な圧力が混じり合っています。「自然にそうなる」ように見える選択も、よく観察すると、ふたりだけでは決めきれない要素が含まれていることが少なくありません。

選択的夫婦別姓制度が導入された場合も、状況が単純化するわけではありません。「同じ姓にする」「別姓を選ぶ」のどちらにせよ、その選択は、ふたりが「関係をどう設計したいか」「家族としての一体感をどう表現したいか」「個人の連続性をどう守りたいか」といった、互いの感覚を言葉にする作業を要求します。制度の選択肢が増えることは、選択の自由を広げる一方で、ふたりで話し合うことの重みを増す方向にも働きます。

倦怠期診断の文脈で読み直す名字の問題

「名字なんて、慣れちゃったし」——そう思い込んで蓋をしていた小さな違和感が、関係の温度が下がったときにふっと浮かんでくることが、あるかもしれません。

本サイトの倦怠期診断は、関係の温度感を4つのタイプの輪郭で描くツールです。名字の問題は、これらのタイプの文脈で読み直すと、また違った輪郭が見えてきます。

たとえば、冷却型並走型の温度感のなかで、「義務感は強いけれど感情の交流は薄い」という感覚を抱えている方の話を伺うと、結婚当初の改姓の場面で感じた違和感が、長い時間のなかで言葉にされないまま残っていた、というかたちが見えることがあります。仮面夫婦のテーマとも重なる構造ですが、外向きには「自然な家族」として振る舞いながら、内側では「自分の名前」をめぐる小さな違和感が、長く積み重なっていたという経験です。

もちろん、これは「改姓のせいで関係が冷えた」という単線的な話ではありません。関係の温度感は、無数の要素の組み合わせのなかで形成されます。けれど、「言葉にされなかった違和感」が関係のなかに静かに沈むという構造は、名字の問題に限らず、多くの場面で観察されるものです。夫婦の会話のテーマでも触れたとおり、「気になることを話せる場」を関係のなかに確保しておくことは、温度感の維持にとって、地味だけれども確実な土台です。

ふたりの関係に取り入れるなら

大きな主張をするためではなく、ただ、自分の心が今どこにあるかを、そっと確認してみる時間——それだけで十分な日もあります。答えを出すためではなく、感じていることを認めるための時間です。

夫婦別姓の話題を、ご自身の関係のなかに取り入れるとき、まずおすすめしたいのは、社会的な議論と、ふたりの感覚を、いったん分けて考えることです。社会的議論に賛成・反対の立場を持つこととは別に、「自分はいま、自分の名前についてどう感じているか」「相手は、相手の名前についてどう感じているか」を、それぞれ、内側でゆっくり言葉にしてみる時間が、関係を観察するうえでの起点になります。

もし、お互いの感覚を話し合える余裕があるなら、「変わったことで何を得て、何を一時的に抱え直したか」「変わらなかったほうは、相手の変化をどう感じてきたか」を、責めず・急がず・やわらかく交換する時間を持つことが、ふたりの関係の輪郭を、もう少し豊かに描き直す手がかりになるかもしれません。本サイトの20問のセルフチェックは、その「観察の地図」のひとつとして、関係の温度感をやわらかく描き出すツールです。制度の議論の地図と、関係の温度の地図——ふたつの地図を重ねながら、ご自身とふたりの関係を、いつもより少しやわらかく見つめ直していただけたらと思います。

参考文献・出典

  1. 民法第750条(夫婦の氏)。1947年改正以来現行。
  2. 内閣府政府広報室「家族の法制に関する世論調査」令和3年12月調査(2022年3月公表)。内閣府
  3. 最高裁判所大法廷判決 平成27年12月16日(民集69巻8号2586頁)/最高裁判所大法廷決定 令和3年6月23日。いずれも民法750条を合憲としつつ、複数裁判官の違憲意見が付された。
  4. Erikson, E. H. (1968). Identity: Youth and Crisis. New York: W. W. Norton & Company.

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