COLUMN

セックスレス
定義から観察の地図まで、倦怠期に重ねてやわらかく読み直す

更新: /
公開:
この記事の要点
  • セックスレスを正常/異常の物差しではなく観察の起点として読み直す視点が身につきます
  • この現象が立ち上がる4つの背景(ライフステージ・心理的距離・身体的要因・役割の固定化)がわかります
  • 「親密さ」と「欲望」のあいだで起きる緊張を軸に、家族化しすぎた関係に眼差しを取り戻す手がかりを集約しています

「夜の営みが、もう長く途絶えている」——そう気づいたとき、心のなかでひとつの言葉が浮かんでくることがあります。「セックスレス」。その言葉に、関係の終わりの予感や、ご自身への戸惑い、相手への複雑な感情が、ふと一緒に立ち上がる方も少なくありません。

本記事では、セックスレスという現象を、判断を急がず観察するための地図としてやわらかく読み直していきます。日本性科学会の定義を一次資料として、なぜ起きるのか、どんな背景があるのか、そして倦怠期の文脈ではどんな意味を持つのかを、心理学・夫婦研究の知見から見つめていきます。

セックスレスとは——日本性科学会の定義から

寝室の電気を消したあと、隣で寝息を立てている相手の背中を見つめる夜が、いつからか続いていたりします。責めているわけでもなく、責められているわけでもない。ただ、以前とは違う空気があるな、と気づく——そんな瞬間だったりします。

悪気があるわけでもなく、疲れているだけなのかもしれない。それでも、その言葉がふと胸をかすめる夜は、確かにあったりします。

セックスレスという言葉は、もとは医学・心理学の領域で使われ始めた用語です。精神科医の阿部輝夫氏が1991年に提唱し、1994年に再定義され、2024年に最新版へとアップデートされてきました[1]

2024年に整理された最新の定義は、こう語られます——「特殊な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交やセクシャル・コンタクトがいずれも1ヶ月以上なく、その後も長期に渡ることが予想される場合」。短くまとめれば、「合意した親密な接触が1ヶ月以上途絶え、その状態が続きそう」な関係を指す言葉です。

大事なのは、この定義が「正常/異常」を分けるための物差しではないということです。セックスレスは、関係の温度感の観察起点として読まれる言葉であり、そこに陥ったから関係が壊れているとも、そこから外れているから健全とも、単純には言えません。関係はそれぞれに固有のリズムを持っているからです。

関係のなかで起きていることの読み方

「うちも、当てはまるのかな」——定義を目にしたとき、まずそう思ったりします。当てはまるかどうかを急ぐより、その下でなにが動いているかを、少しゆっくり見てみたい、そんな時間です。

定義の核にあるのは「合意した接触の不在」です。つまり、ふたりの間で「したいけれどできない」「合意に至らない」状態が長く続いているということ。これは、性的接触そのものの有無というより、ふたりの間にある合意の温度感を映し出しているとも言えます。

関係が長くなれば、合意の温度感はゆっくりと変化していきます。お互いの体調、心の余裕、生活リズム、ライフステージ——さまざまな要素が、合意のかたちを少しずつ変えていきます。期間の長さだけを見て関係の質を判断しようとすると、その下に流れている本当の様子を見落としてしまうこともあります。

セックスレスを観察するときに、まず手放しておきたいのは「長く途絶えている=関係が悪い」という単純な等式です。長く途絶えていても、ふたりの間に深い対話と理解がある関係はあります。逆に、頻度があっても、心の距離が広がっている関係もあります。指標としての「期間」は入り口にすぎず、その奥にある関係の質を見つめ直す時間が、本当の観察のはじまりです。

なぜ起きるのか——4つの背景

「なんでこうなったんだろう」——原因を一つに絞ろうとして、うまく言葉にならなかった経験は、ないでしょうか。大きなきっかけがあったわけでもなく、ただ、いくつかの小さな変化が同時に起きていた、ということが多かったりします。

セックスレスが立ち上がる背景は、ひとつではありません。多くの場合、いくつかの要因が重なって、関係のなかの合意の温度感を変えていきます。ここでは、よく観察される4つの背景を整理します。

① ライフステージの変化

出産・育児・更年期・介護——人生の節目には、身体と生活の両方が大きく変わる時期があります。とくに育児期は、夜の時間の使い方そのものが変わり、お互いの体力と気持ちの余裕が、それまでと違う配分になっていきます。これは関係の劣化ではなく、新しいライフステージへの自然な適応として理解されることが多い変化です。

② 心理的距離

日常のなかの会話の質、感情の共有、信頼の積み重ね——こうした心理的な土台が薄くなってくると、身体的な接触への意欲も自然と引いていきます。長期にわたる夫婦研究では、関係の満足度を支える要因として「日常的な対話の質」が繰り返し挙げられており[2]、心理的距離はそのまま身体的距離に映し出されやすい傾向があります。

③ 身体的要因

慢性的な疲労、睡眠不足、ホルモンバランスの変化、服薬の影響——身体の側で起きている変化も、関係の温度感を左右します。これは「気持ちの問題」ではなく、身体が今のリズムで生きていくために必要な調整として現れているサインでもあります。ご自身の体調にやわらかく目を向けることが、関係の観察にもつながります。

④ 役割の固定化

関係が長くなると、「夫」「妻」「父親」「母親」といった役割が、ふたりの間で固定化されていくことがあります。役割としての顔ばかりが立ち上がり、「一人の人間としてのお互い」を見つめる眼差しが薄れていくと、親密な接触の場面で覚える違和感も少しずつ増えていきます。

「親密さ」と「欲望」のあいだ——Perelの指摘

「家族としては大好きなのに、なぜか、他の何かが遠くなっていく」——そんな感覚を、うまく言葉にできずに抱えている方もいらっしゃるかもしれません。愛が減ったわけではないのに、何かが違うかたちに変わっている、そんな感覚です。

心理療法家のエスター・ペレル(Esther Perel)は、長期関係のなかで起きる性的距離を、「親密さ(intimacy)と欲望(desire)のあいだの緊張」という視点から読み解いています[3]。彼女が示すのは、親密さと欲望は同じ方向に伸びる感情ではなく、しばしば反対方向に働く力だという観察です。

親密さは、お互いを近くに置く力です。お互いを知り、共有し、安心の領域を広げていく動きが、親密さを育てます。一方で欲望は、「お互いの間に少しの距離があるからこそ立ち上がる感情」でもあります。相手のなかに「まだ知らない何か」が残っているとき、相手を別の独立した存在として見つめられるとき、欲望は息を吹き返します。

長期の関係では、親密さがどんどん深まる一方で、ふたりの間の「距離」は少しずつ失われていきがちです。お互いを「家族」として大切に思いながらも、「一人の他者」として見つめる眼差しが薄れていく——その結果、セックスレスがゆっくりと立ち上がることがあります。これは関係が壊れたのではなく、ある意味では関係が深まりすぎたことによる副産物として理解される視点です。

ペレルの観察は、関係を立て直すヒントを示しています。それは、お互いを「家族化しすぎない」眼差しを、関係のなかに取り戻すことです。相手を一人の独立した人間として見つめる時間、お互いの個別の世界を尊重する余白——そうした小さなふるまいが、関係の温度感に新しい風を呼び込むことがあります。

ご自身の関係が、いまどんな温度感にあるかを
20問のセルフチェックで見つめ直してみませんか?

セルフチェックをはじめる →

倦怠期診断の文脈で読み直すセックスレス

「セックスレス=関係が終わっている」と結びつけて考えるほど、胸のあたりが重くなっていく。そんなふうに感じるとき、実は同じ状態でも、その景色は関係ごとにずいぶん違ったりします。

本サイトの倦怠期診断は、関係の温度感を4つのタイプの輪郭で描くツールです。セックスレスという現象も、この4つのタイプのなかでそれぞれ違う意味を持って立ち現れることがあります。

冷却型のなかで起きるセックスレスは、関係全体の温度感が下がっていることと連動して現れることが多い形です。一方で、関係としては安定して見える層のなかで起きるセックスレスは、上で見たペレルの「親密さと欲望の緊張」が背景にある場合が少なくありません。「冷めている」のではなく、「家族化しすぎて欲望が立ち上がりにくい」という、別のメカニズムです。

つまり、セックスレスをひとくくりに「関係の悪化のサイン」と読むのではなく、関係のどんな景色のなかで起きているかを見つめることが、観察の第一歩になります。同じ「合意した接触がない」状態でも、ふたりの間に流れているものは、関係の景色によってまったく違うからです。

関係の質を整え直す視点としては、夫婦の会話の質を見つめる別記事や、ゴットマンの「4つの毒」もあわせてご覧いただけます。

ふたりの関係に取り入れるなら

「話さないと」と思うほど、切り出すタイミングが難しくなる——そんなものだったりします。まずは、話す前に、自分のなかで何を感じているかを、静かに言葉にしてみる時間から始めていいのかもしれません。

セックスレスが続いていると気づいたとき、まず手放してみたいのは「どちらかが悪い」という構図です。関係のなかで起きていることは、ふたりの間の積み重ねの結果として現れているもので、一人の責任に還元できることのほうが少ないからです。

そのうえで、関係のなかにそっと取り入れていけるのは、責めずに、自分の感じていることを語ってみる時間です。「したい/したくない」の二分法ではなく、「身体は大切に思っているけれど、いまは余裕がない」「心はそばにいたいけれど、それと身体は別のリズムで動いている」——そんな複雑な気持ちを、できるだけそのままの言葉で共有してみる。関係のなかでお互いの安全基地を育てる視点は、こうした対話の土台を支えてくれます[4]

もし、ご自身の心が長く疲弊しているように感じる場合や、関係のなかでの安心感が大きく揺らいでいるように感じる場合は、信頼できる場所(公的な相談窓口・心理カウンセラー・性医学の専門家・夫婦療法の専門家など)に話を聴いてもらうことも、ひとつの選択肢として大切にしてください。第三者の応答性のある眼差しが、ご自身とふたりの関係を別の角度から照らしてくれることもあります。

本サイトの20問のセルフチェックは、セックスレスかどうかを判定するためのものではなく、いまの関係の温度感を4つのタイプの輪郭でやわらかく描くためのものです。セックスレスという現象も、関係の温度感の地図の上で見つめ直すと、いつもとは少し違った輪郭が見えてくるかもしれません。

参考文献・出典

  1. 一般社団法人 日本性科学会「セックスレスについて」(阿部輝夫提唱・1991年初定義/1994年6月3日中間定義/2024年6月9日 第53回セックスカウンセリング研修会「セックスレス30年」での最新定義)。
  2. Karney, B. R., & Bradbury, T. N. (1995). The longitudinal course of marital quality and stability: A review of theory, method, and research. Psychological Bulletin, 118(1), 3-34. PubMed
  3. Perel, E. (2006). Mating in Captivity: Unlocking Erotic Intelligence. New York: Harper.
  4. Johnson, S. M. (2008). Hold Me Tight: Seven Conversations for a Lifetime of Love. New York: Little, Brown and Company. (Emotionally Focused Therapy / EFT)

いまのご関係の温度感を、20問のセルフチェックで見つめ直してみませんか?

診断をはじめる